東京地方裁判所 昭和42年(ワ)8935号 判決 1969年4月16日
原告 松岡高義
被告 斉藤建設工業株式会社
右代表者代表取締役 斉藤良作
右訴訟代理人弁護士 井上義数
主文
1 被告は原告に対し、
(1) 金八九、〇三〇円およびこれに対する昭和四二年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員
(2) 金八九、〇三〇円
をそれぞれ支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告
1 被告は原告に対し、金一七八、一〇三円ならびに内金八九、〇三〇円に対する昭和四二年八月一一日から、内金八九、〇七三円に対する被告が本件判決書の送達を受けた日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金円を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二主張
一 原告
(一) 請求の原因
1 原告は昭和四二年七月三日被告に雇傭されたが、同年八月一〇日被告から予告なく解雇の意思表示を受けた。
2 被告は右解雇に際し、労働基準法第二〇条所定の解雇予告手当を支払わなかったが、原告が右解雇の日までの賃金として支払を受けたのは、七月分七八、一三一円(内訳本給六〇、五三〇円、時間外勤務手当一三、五六一円、通勤手当四、〇四〇円)、八月分二八、七〇五円(内訳本給二三、三〇〇円、時間外勤務手当一、四〇五円、通勤手当四、〇〇〇円)、合計一〇八、八三六円であるから、これをその間の総日数三六日で除した金額の三〇日分である八九、〇三〇円が、被告から支払を受くべき解雇予告手当の最低額である。
3 なお、被告は原告に対し、前記八月分の時間外勤務手当のうち四三円を、本件訴提記後である同月二七日まで支払わなかった。
4 よって、原告は被告に対し、前記解雇予告手当金八九、〇三〇円およびこれと同額の附加金と前記支払の遅延した時間外手当と同額の附加金合計八九、〇七三円総計一七八、一〇三円ならびに解雇予告手当金に対する前記解雇の日の翌日である昭和四二年二月八月一一日から、附加金合計に対する被告が本件判決書の送達を受けた日の翌日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 積極的主張および抗弁に対する認否
1 請求原因に対する認否2項における被告の積極的主張中原告が中央大学を卒業していると述べたこと、原告の担当事務が工事の積算であったことおよび被告から配置換えの申入れがあったことはいずれも認める。(2)は不知。その余は否認する。
2 抗弁は否認する。
二、被告
(一) 請求原因に対する認否
1 請求原因1項中、原告主張の日に原告を雇入れたことは認める。その余は否認する。
2 同2項中解雇予告手当を支払わなかったことは認める。
原告との雇傭契約は原告主張の日に合意解約されたものであり、その間の経緯は次のとおりである。
(1) 原告は、採用面接の際、被告に、原告は中央大学を卒業し、永年官庁に勤務した後、昭和三六年から自家営業(建築)をなして今日に至ったものであり、一級建築士の試験にも合格しており、工事の積算もできる旨述べた。
(2) 被告は、原告の自称経歴、能力および年令の諸点を考慮し、被告の若手従業員の指導者として、原告を採用した。
(3) 原告の担当事務は、工事の積算(建築工事の完成に要する各資材の数量等の見積り作業)であった。しかし、原告は命ぜられた工事の積算作業を全くしなかった。
(4) そこで、被告は、昭和四二年八月一〇日原告に対し積算の仕事から工事現場監督としての配置換えを申し入れた。
(5) これに対し、原告は、これを断るとともに、是非現場へ行けということなら辞めさせて貰いたいと被告に申し入れたので、被告はその申入れどおり原告の退職を承認した。
(二) 抗弁
仮に合意解約でなく解雇であるとしても、解雇につき、原告に労働基準法二〇条一項但書所定の事由があったというべきこと前記経緯よりして明らかであり、被告に解雇予告手当の支払義務はない。
第三証拠≪省略≫
理由
一 原告がその主張の日に被告に雇傭されたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告はその主張日に予告なく被告から解雇されたものであることが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
また、右解雇の際、被告が解雇予告手当を支払わなかったことは当事者間に争いなく、被告主張の抗弁はこれを認めるに足りる証拠がない。
そうして、原告が、解雇の効力が即時発生したことを容認して請求する以上、被告は解雇予告手当の支払義務を免れないというべきところ、その金額が原告主張のとおりとなることは、≪証拠省略≫により、原告がその主張のとおりの賃金の支払を受けていることが認められるので、明らかである。
そうすると、被告は原告に対し、解雇予告手当として八九、〇三〇円およびこれに対する解雇の日の翌日である昭和四二年八月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるとともに、被告に対し、右解雇予手当金と同額の労働基準法第一一四条の所定の附加金の支払を命ずるのが相当といわなければならない。
しかし、右附加金に対する遅延損害金は、附加金の支払義務が裁判所のその支払を命ずる判決の確定によってはじめて発生するのであるから、それ以前に発生する余地はなく、その後の分についても特に予め請求をなす必要があると認められない。
二 請求原因3項は、≪証拠省略≫を併せ考えれば、これを認めるに事欠かない。なお、本件訴が昭和四二年八月二三日に提起されたことは記録上明らかである。
しかしながら、≪証拠省略≫を併せ考えれば、原告は被告から解雇通告を受けると、その日のうちに、未払賃金等の請求をなし、被告からその全部の支払を受けたが、時間外勤務手当について計算の誤りから、四三円不足することを知り、同月一四日発送の書面で、被告に対し、これが支払請求をなしたのに対し、被告から同月二五日付で郵送され、同月二七日受領したものであることが認められる。ところで、被告に本件訴状が送達されたのは、同月三〇日であること記録上明らかである。
法が、賃金等の不払によって当然附加金の支払義務を発生させることなく、裁判所に対する請求を必要としたのは、できる限り使用者をして自発的に賃金等の支払をなさしめようとしたものというべきであるから、労働者の訴提起を原因とせず、任意にその支払がなされたときは、附加金制度の趣旨は達成されたと見てよく、裁判所は附加金の支払を命ずることができなくなると解すべきである。たとえ、訴状提出時までに賃金等の支払がなされなければならないとしても、本件にあってはその高、前記支払の事情等よりすれば、附加金の支払を命ずる意義ないし必要性を欠くといわなければならない。
三 よって、原告の請求は解雇予告手当およびこれに対する遅延損害金ならびに同手当と同一額の附加金の支払を求める限度において理由があるので認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条但書、仮執行宣言について同法一九六条(附加金の支払については付するのは相当でない)を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 豊島利夫)